中学に進むころには祐紀と顔を会わせることもほとんどなくなっていた。ジュニアからユースへ籍を移した祐紀は練習もきつくなり、家と学校と練習場を往復するだけの日々が続いていた。一方の航平のほうは結局プロチームの下部組織には入らず、学校のクラブ活動を選択した。
県内でも強豪で知られる航平の通う中学には、かつてその名を日本中に轟かせた名選手がいた。彼は当時の日本人では数少ないプロサッカー選手として、海外で活躍した経験を持っていた。航平の父親くらいの世代なら、知らない人はいないほど有名な選手だった。引退後は伝説のように語られ、航平たちのように幼い世代でもその活躍ぶりを知らないものは少ない。しかしながら、そんな有名選手が現在なにをしているのか、どこにいるのかはほとんど知られていなかった。プロチームが発足した今でも、どこかの監督になったり広報活動をしているなどという噂を聞くことは終ぞなかったからだ。
そんなスーパースターだった選手が公立の学校でサッカーを教えていると知るのは、ほんの一握りの関係者だけだ。彼は在校生にも卒業生にもそのことを口外しないよう堅く約束させていた。それは自分が騒がれ学校に迷惑がかかることを懸念したこともあったが、なによりも後進の指導に専念したかったからだった。彼が表に出てしまえば必ずマスコミのネタになる。そうすれば子供たちをのびのびと育てることも叶わなくなるだろう。才能のある子供たちを、学校という自然な環境のなかで教えることに拘りたかったのだ。プロになるために辛い練習に耐えるのではなく、楽しみながらも辛い練習に耐え、そうしてプロになれた喜びを知って欲しいと思っていた。
彼が航平に目をつけたのは、航平がまだ十歳にもならないようなころだった。河原でひとり基礎練習をくり返す小さな身体に、光る才能を見つけていた。初めて声を掛けたときはプロの下部組織へいくとまったく躊躇うこともなく断られてしまったが、その後もずっと学校の部活動へ参加するよう誘いつづけていた。時にはサッカーを教えながら、時には一緒にボールを蹴って遊びながら。
さすがの航平も気さくに声をかけてくれる見知らぬおじさんに、祐紀に代わってサッカーを教えてくれるおじさんに決心が傾いていく。既に航平の行きたい場所には大好きな人の存在はなく、無知ゆえに夢見ていた祐紀と一緒にサッカーをすることは叶わないとわかっていた。
結局、セレクションを受けることはしなかった。それは祐紀がいないというのも大きな理由のひとつになっていたが、果たして本当に自分はプロになりたいのかという疑問を抱えてしまったのが一番の理由だった。
熱心に勧めてくれることもあって、航平は中学へ入るとそのままサッカー部へ入部した。同じ新入生のなかでもひと際目だって身体の小さい航平に、先輩部員たちは「マネージャーでもした方がいいんじゃないか」と揄いの言葉を浴びせた。
しかし、その揶揄はひと月も待たずに消えてなくなる。航平の確かな足捌きに、同輩も先輩も固唾を飲んだのだった。柔らかな足首は必ずと言っていいほど身体のすぐ前にボールをコントロールする。トラップに失敗してボールがあさっての方向へ飛んでいくことなどまずなかった。
身体つきのわりにはしっかりした脚は強く早いボールを蹴りだす。それはまるで定規で測ったかのように正確に相手に蹴り渡された。航平からもらうパスはどれもトラップしやすく、胸でも肩でも頭でも足でも、誰もが難なくコントロールできるように受け渡された。祐紀に教わったサッカーの基本はしっかりと航平のものになっていたのだった。
入学当初は一番小さかった身長も少しずつ伸びていた。監督はその足首の柔らかさと正確なボールコントロールから、航平に中盤のポジションより少し上のトップ下の位置を与える。そこはミッド・フィールダーとしての役割とフォワードとしての役割を担う。サッカー選手としては一番の花形的ポジションといっていいかもしれない。
相手に渡ったボールは、いち早くそこで奪い取ればすぐにでも得点に結びつくような攻勢にまわれる。サイドに流れたりそのまま切りこんだり、スルーパスを出すこともワンツーでボールをもらうことも多彩なプレーが可能となる。
航平はそんな技術をまるで砂地に水が染みこむように身につけていった。祐紀に教わった基本と目の前で実践されていく往年のスタープレーヤーの技術。それを自分のものにしていくことができたのは、なによりその素直な性格によるところが大きかった。末っ子ゆえか、航平自身の気質なのか、彼は逆らうということを知らないかのように人の話に耳を傾ける子供だった。その素直さは真っ直ぐに彼を育て、元から備わっていたその頭のよさが一を聞いて十を知るように機転を利かせていく。二年になるのを待たずして、彼はすでにレギュラーのポジションを得ていた。
航平 3へ ★ 航平5 へ
約1ヶ月ぶりの更新ですか・・・
これから暫くはこちらがメインとなりますので、どうぞお付き合いくださいm(__)m
それにしても説明文だねぇ・・・次はセリフあります^^;
明日更新できるといいなぁ
県内でも強豪で知られる航平の通う中学には、かつてその名を日本中に轟かせた名選手がいた。彼は当時の日本人では数少ないプロサッカー選手として、海外で活躍した経験を持っていた。航平の父親くらいの世代なら、知らない人はいないほど有名な選手だった。引退後は伝説のように語られ、航平たちのように幼い世代でもその活躍ぶりを知らないものは少ない。しかしながら、そんな有名選手が現在なにをしているのか、どこにいるのかはほとんど知られていなかった。プロチームが発足した今でも、どこかの監督になったり広報活動をしているなどという噂を聞くことは終ぞなかったからだ。
そんなスーパースターだった選手が公立の学校でサッカーを教えていると知るのは、ほんの一握りの関係者だけだ。彼は在校生にも卒業生にもそのことを口外しないよう堅く約束させていた。それは自分が騒がれ学校に迷惑がかかることを懸念したこともあったが、なによりも後進の指導に専念したかったからだった。彼が表に出てしまえば必ずマスコミのネタになる。そうすれば子供たちをのびのびと育てることも叶わなくなるだろう。才能のある子供たちを、学校という自然な環境のなかで教えることに拘りたかったのだ。プロになるために辛い練習に耐えるのではなく、楽しみながらも辛い練習に耐え、そうしてプロになれた喜びを知って欲しいと思っていた。
彼が航平に目をつけたのは、航平がまだ十歳にもならないようなころだった。河原でひとり基礎練習をくり返す小さな身体に、光る才能を見つけていた。初めて声を掛けたときはプロの下部組織へいくとまったく躊躇うこともなく断られてしまったが、その後もずっと学校の部活動へ参加するよう誘いつづけていた。時にはサッカーを教えながら、時には一緒にボールを蹴って遊びながら。
さすがの航平も気さくに声をかけてくれる見知らぬおじさんに、祐紀に代わってサッカーを教えてくれるおじさんに決心が傾いていく。既に航平の行きたい場所には大好きな人の存在はなく、無知ゆえに夢見ていた祐紀と一緒にサッカーをすることは叶わないとわかっていた。
結局、セレクションを受けることはしなかった。それは祐紀がいないというのも大きな理由のひとつになっていたが、果たして本当に自分はプロになりたいのかという疑問を抱えてしまったのが一番の理由だった。
熱心に勧めてくれることもあって、航平は中学へ入るとそのままサッカー部へ入部した。同じ新入生のなかでもひと際目だって身体の小さい航平に、先輩部員たちは「マネージャーでもした方がいいんじゃないか」と揄いの言葉を浴びせた。
しかし、その揶揄はひと月も待たずに消えてなくなる。航平の確かな足捌きに、同輩も先輩も固唾を飲んだのだった。柔らかな足首は必ずと言っていいほど身体のすぐ前にボールをコントロールする。トラップに失敗してボールがあさっての方向へ飛んでいくことなどまずなかった。
身体つきのわりにはしっかりした脚は強く早いボールを蹴りだす。それはまるで定規で測ったかのように正確に相手に蹴り渡された。航平からもらうパスはどれもトラップしやすく、胸でも肩でも頭でも足でも、誰もが難なくコントロールできるように受け渡された。祐紀に教わったサッカーの基本はしっかりと航平のものになっていたのだった。
入学当初は一番小さかった身長も少しずつ伸びていた。監督はその足首の柔らかさと正確なボールコントロールから、航平に中盤のポジションより少し上のトップ下の位置を与える。そこはミッド・フィールダーとしての役割とフォワードとしての役割を担う。サッカー選手としては一番の花形的ポジションといっていいかもしれない。
相手に渡ったボールは、いち早くそこで奪い取ればすぐにでも得点に結びつくような攻勢にまわれる。サイドに流れたりそのまま切りこんだり、スルーパスを出すこともワンツーでボールをもらうことも多彩なプレーが可能となる。
航平はそんな技術をまるで砂地に水が染みこむように身につけていった。祐紀に教わった基本と目の前で実践されていく往年のスタープレーヤーの技術。それを自分のものにしていくことができたのは、なによりその素直な性格によるところが大きかった。末っ子ゆえか、航平自身の気質なのか、彼は逆らうということを知らないかのように人の話に耳を傾ける子供だった。その素直さは真っ直ぐに彼を育て、元から備わっていたその頭のよさが一を聞いて十を知るように機転を利かせていく。二年になるのを待たずして、彼はすでにレギュラーのポジションを得ていた。
航平 3へ ★ 航平5 へ
約1ヶ月ぶりの更新ですか・・・
これから暫くはこちらがメインとなりますので、どうぞお付き合いくださいm(__)m
それにしても説明文だねぇ・・・次はセリフあります^^;
明日更新できるといいなぁ




